何でもないようで何でもある日

21歳。2021年9月-2022年7月パリの建築学校に留学中

「ハードモード大好き」なフランス人。日本との働き方の違いにも影響アリ?

「先生にたくさん厳しいコメントをもらってて、うらやましい」

授業で私の設計案に教授から1時間以上の指摘をもらった後、フランス人の友だちにそう言われた。

他のフランス人からも似たようなことを言われる機会が多い。

「いそがしいの?良いことじゃん。じゃなきゃ留学に来てる意味ないよね」

「先生に厳しいこと言われたって?良かったじゃん」

 

「ハードモードだいすき」なフランス人の意識は、

ジョブ型の働き方にも影響しているんじゃないだろうか。

 

本の学校だったら、

「えー先生にそんなこと言われたの。だるいじゃん」

「そんな頑張らなくていいよね」

「しんど。ゆっくりいこ」

っていうリアクションがほとんど。

 

この意識は、社会に出てからの態度に直結してるんじゃないかな。

日本には、自分があまり頑張らなくても定年まで居させてもらえる会社が多い。

 

でも、フランスの働き方は、正反対。

学生のうちにインターンを重ねて、卒業後もまずは無給で働かせてもらう。

スキルを身に付けたら次の会社へ。

また次の会社へステップアップ。

 

わたしのホストファザーは独立して10年。

最近、仕事が軌道に乗ってきたようだが、毎晩ビデオで仕事内容に関連した勉強をしてる。

じぶんが勉強し続けて、はじめて仕事を得られる環境。

 

働きがいがあるだろうな

大変だろうけど、楽しいこともあるんだろうな

いいな、あこがれる

わたしは働くならフランスみたいな、働きがいのある環境にいたいな

パリ留学中にクラスメイトに言われたショックな一言

ひさしぶりにブログを更新する。

昨日までは、紙の日記に書いていた。

だが、どうしても誰かに読んでほしくて、ブログを書いている。

 

クラスメイトが伏し目がちに、しかし、私の方をハッキリ見て言った。

「こんなの不平等だよ。」

 

毎週木曜日にある授業は、2人組のペアで進めている。

私は、スロバキア人の女の子といっしょに、1つの集合住宅を設計している。

もう一緒にやり始めて2か月ほど。

2月頭に最終発表をひかえ、今はかなり大詰めの時期だ。

 

12月19日から1月2日まで続いたクリスマス休暇明け、最初の授業は中間評価だった。

みな、A0用紙に、1万5千平方メートルの敷地の設計図を印刷してきている。

それ以外にも、間取り図、平面図、断面図、ファサード(建物の外観)、ランドスケープ(周辺環境)の図など…

もちろん1:200の模型も。(シルバニアファミリーより一回り小さいぐらいのサイズ)

 

しかし、私の目の前にはなにもない。

平面図の1つすら印刷できていない。

ArchiCAD(PC上の設計ソフト)で設計図はつくっていたが、印刷方法が想像以上にややこしかった。

しかし、時間があればできたはずだ。

 

じつは、1週間ほどフランス国外に旅行に出かけ、つい授業前日に帰ってきたところだった。

もちろんそのことはペアに事前に話していた。

「旅行に出かける前に設計図も模型もすべて終わらせるね」

そう約束して、確かに(ArchiCAD上の)設計図は終わらせ、(美しいとは言えない)模型もペアに手渡した。

 

しかし、詰めが甘かった。

教授にプレゼンテーションするための素材を用意できていなければ意味はないだろう。

教授に見せられるA0の設計図がなければ、教授はなんの評価もできない。

 

当日、私たちに与えられた壁のスペースに貼ってあったのは、すべてペアが用意してきた設計図だけだった。

 

ペアは、木曜日の授業に向けて火曜日の時点でわたしに言ってきていた。

「敷地全体の図を印刷してきてね」

「おっけー、飛行機の中とか待ち時間できっとできるよ」わたしは軽快にそう答えた。

 

しかし、実際はどうだ。

飛行機の中では予想外にノルウェー人の女の子に話しかけられ、日本語で盛り上がってしまった。

帰宅してからは、吐き気でトイレから離れられなかった。

翌朝、つまり授業当日の朝は、まだ気持ち悪くて、だるくて、おなかが痛くて、家から出られなかった。

 

結局、教室に着いたのは午後の部がはじまるPM2:00

午前中に一度教授がペアのもとに来たらしいが、「建物が揃っていないんじゃ何もできない」と言われてしまったそうだ。

 

印刷できるPDFを私はなにも持っていなかった。

「ごめん、今からやるね」

そう言って、4時間以上PCと格闘。

ペアはもちろんすべて終わらせてきているから、メールチェックや友達とおしゃべりなんかしている。

 

ファイルサイズがラップトップの処理能力を超え、遅々として動作が進まない。

ペアのため息の数が確実に増えている。

 

参った。

 

「印刷するのはもう無理かも…」

「…じゃあ、今日はやめて、来週教授に見てもらおうか」

正直、彼女がこんなことを言うとはおどろいたので、かなり疲れていたのだろうと確信する。

「でも、何もしないよりはPC画面でも見てもらった方がマシだよね」

私がそう恐る恐る提案すると、彼女が息をゆっくり吐くのと同時にこう言った。

 

「こんなの不平等だよ。」

私は彼女と目を合わせていたので、聞き間違えることもなかった。

「壁に貼ってあるのはぜんぶ私が用意したもの。

私ひとりで用意した。

でも、教授からは2人でやったものだと見なされる。

そんなのフェアじゃない。

私はしっかりやったんだよ。」

 

その通りだねと返すしかなかった。

何の異論もない。

 

そこまで直接言いはしなかったが、つまり彼女が言いたかったことは、

「あなたは何もしてないじゃん」

ということ。

 

フランスに来てから『ごめん』と謝る機会がグンと減ったが、今回ばかりは心から『ごめん』が出た。

 

「あなたの努力はよくわかってる。本当に申し訳ない」

 

結局、その日は、教授にPC上の設計図を見てもらい、なんとか2時間半程度の評価はもらえた。(それでもクラスの中では短い方)

教授から具体的なアドバイスをもらえて、帰り際のペアの顔は晴れ晴れとしていた。

 

しかし、日曜日にまた打合せをすること、火曜の夕方までに新しい図を用意することを約束したとき、彼女の眼の奥は深かった。

 

学校を出て、バスに乗り、帰宅する。

夕食をとり、シャワーを浴び、日記を書こうとペンを手に取る。

 

ショックが続いていた。

 

自分は自分に甘いと、自覚していたはずだった。

母にも「あんたは自分に甘いとこがある」と言われていた。

でも、実感できていなかったんだと思う。

 

『自分に甘い』っていうのは、誰かに迷惑をかけることだったんだ。

プラマイゼロなんかじゃない。

『自分にのちのち返ってくる』だけのものでもない。

そのとき自分を甘やかして放っておいた仕事は、誰かの肩にスライドする。

 

情けない。

 

思えば、留学をはじめてそろそろ4か月。

フランス語はペラペラになっていないし、

建築の知識もほとんど増えていない。

言語も専門知識も、それっぽく、理解しているように見せかけているだけで、本当はなにも身についていない。

見せかけるのがうまいから、周囲の人は褒めてくれることが多い。

褒めてくれる度に、

「本当はそんなにすごい人間じゃないんだけどな。

誰も気づいてはくれないのかな。

叱ってはくれないのかな。」

そんなことを考えていた。

 

しかし、実際に厳しい言葉をかけられたらどうだ。

しっかりショックを受けている。

『自分は自分に甘い』とわかっているつもりで、わかっていなかった自分を自覚した。

 

恥ずかしい。

情けない。

こんな自分、かっこ悪い。

弱い。

 

 

こんなときに見るべき物を引き当てる能力は持っているようだ、自分。

 

名作映画「プラダを着た悪魔」を無性に見たくなって鑑賞した。

 

プラダを着た悪魔 - 映画情報・レビュー・評価・あらすじ・動画配信 | Filmarks映画

 

観て良かった。

 

日本語のレビューでは「自分もこんなバリキャリになりたい!」という声が目立った。

私には違和感があった。

 

日本社会から見ると、いつクビになるともわからない能力至上主義のアメリカ出版業界で働けくことができるのは、『バリキャリ』だけなのか。

大学の専攻なんて関係なく雇ってもらえ、終身雇用でゆるゆると1つのイスを温め続けられる日本の労働社会から見れば。

しかし、私のまわりのフランス人は、大学の専攻と直接つながりのある仕事を自分で見つけ、もしくは自分で会社を興す。

バカンスを取るタイミングも、自分の責任と選択だ。

そういう労働法に基づく、社会の仕組みだから。

 

自分が『バリキャリ』になれるかどうかは、1つは自分の姿勢、1つは環境なんだろう。

日本みたいに、1つの会社内でいろんな部署を回される社会では、自分の専門を究めるためにキャリアを積むという働き方はなかなか実現しにくい。

アメリカやフランスのように、自分の専門力を以て、複数の会社をはしごしていくのが当たり前の社会であれば、全員『バリキャリ』。

それが常で、もはや『バリキャリ』なんて概念は存在しない。

 

再確認した。

私は日本では働きたくない。

働きがいのある環境に身を置きたい。

 

そのためには?

 

ペアの彼女を失望させてる場合じゃない。

 

フランス語をできなきゃいけない。

建築と都市計画の知識をちゃんと持ってなきゃいけない。

言ってしまえば、今身に付けるべきことはその2つだけなんだ。

 

ラッキーなことに、私は環境を引き寄せることには長けているようだ。

挨拶や面接時の外面で人を期待させることは上手い(その後実際に働いてみると、だいたい失望させている気がする)のだ。

だから、今、環境には恵まれているはずだ。

パリの建築学校で、協力的なクラスメートと、やさしい教授たちと、優秀な日本人留学生に囲まれている。

あとは自分の努力だけじゃないか。

 

それが一番むずかしいのだが、もうそんなこと言っている場合じゃない。

 

中学の数学の先生が言っていたこの言葉が、何年経っても頭から離れない。

「人生はマラソンだ。坂道を駆け上がり続けられないやつは、いつのまにか滑り落ちていくだけだ」

中学生にそんなこと言うかと当時は思ったが、言ってくれてよかった。

 

私の靴は、ぜんぜん坂道で踏ん張ろうとしていないので、底がすり減っていない。

こんな自分、自分が一番イヤだ。

 

足の指で坂をつかまなきゃ。

もっと必死にならなきゃ。

焦らなきゃ。

自分に『優しい』と『甘い』はちがう。

自分に楽させるところを間違えるな。

 

気づくのが遅い。

でも、留学期間がまだ半分以上残っている今のうちに気づけてよかった。

今からだ、

今から

今から!

パリで働くママ、日本で働く母

フランス人ファミリーが暮らすアパートの一室を借りている。

今日は、ホストマザーにネイルをしてもらった。

彼女は30代後半ぐらいで、ふだんは専業主婦だが、いまは美容学校に通っている。

将来、家でサロンを開きたいそうだ。

学校の宿題で、私がネイルのモデルになった。

ネイルのあいだヒマだったので聞いてみた。

 

「どうして4歳になる娘さんがいて、すでに忙しそうなのに、さらに学校に通い始めたんですか?」

 

「だってね、夫は今年55歳なの。彼になにかあったら、誰が娘を食べさせていける?

私以外に誰が娘のめんどうを見てくれる?

誰もいない。

私がひとりでも生計を立てられるようにならなきゃいけない。」

 

おたがいに英語は母語ではないから、彼女はまわりくどい言い方をせず、ストレートに伝えてくれた。

 

しかし、当の娘ちゃんはそんなこと知らない。

お母さんがネイルに神経をとがらせているときに、構ってと言わんばかりに体当たり。

ネイルが崩れ、お母さんが声を荒げる。

すでに何度目かのじゃまだったので、お母さんは娘ちゃんにデコピンをして「出ていきなさい!」と怒鳴った。

娘ちゃん、今日イチのギャン泣き。

わたしがオロオロしていると、

「気にしないでいいよ。彼女は泣くのが仕事だから」

 

でも、あまりに長く泣いているので気になってしまう私。

「でも、彼女、お母さんを待っている様子だね」

 

「うん、そうね。でも、あの子にはもう何度も注意してた。それでも邪魔してきたんだから、いけないことだとわかってもらわないと。

これも全部わたしのためじゃなく、あの子のためなんだよ

 

あの子のためにお金を稼ごうとしている。

仕事を得ようとしている。

 

私がなんで美容の仕事に就きたいかわかる?

サロンならこの家で開けるからだよ。

あの子の面倒を見ながら、同時に働くことができる。

他のだれかには任せたくないの。

あの子には私が、母親が必要だってわかってる」

 

ハッとした。

私には5つ離れた妹がいるが、妹が7歳ぐらいのとき、母は仕事をはじめた。

そのときはわかっていながったが、たぶん父が仕事を失って、再就活のころだったんだと思う。

土曜日も出勤していて、妹はさびしそうだった。

その分、父が遊びに連れて行ってくれたり、私がクラッカーの美味しい食べ方を教えたりして、めんどうを見ていた。

でも、やっぱり家の中の雰囲気は暗かった。

 

そのとき、母にはそれ以外の選択肢がなかったんだろう。

 

フランス人のママも「娘のめんどうを見るのと同時に働こうとしたら、これ以外に選択肢はない」と言っていた。

 

フランス人ママを尊敬する。

そして、自分の母のがんばりも、数年経ってはじめて尊敬することができた。

シャガールの絵をポンピドゥーで生で見た。泣いた

ポンピドゥーセンターに行ってきた。

天気が大荒れになる予想で、友だちとすこし遠くまで出かける予定をキャンセルしてのことだった。

前日どこにも出かけず籠っていたので、その憂さ晴らしもしたくて、ほとんど衝動的にポンピドゥーセンターへ出かけた。

「有名どころだから、いつかは行くだろう」という軽い気持ちだった。

到着してパンフレットをもらって、びっくりした。

世界で1番すきな画家、シャガールの名前があった。

 

シャガールの絵が、ある。

 

体温があがった。

 

シャガールの絵のある場所にたどり着くまでにも心に響く画家が多くあった。

Georges Rouault

戦時中の絵なので暗く見えるが、明るさがある。

江戸川乱歩みたい。


偶然だった。

あるデッサンを見て「シャガールっぽいなー」と思ったら、作者はMarc Chagall

Apollinaireという詩人と仲がよいと知らなかった。

シャガールの友人をひとり知れた。その嬉しさ

彼の人生をひとつ理解できる、その感激よ。

 

でも、いよいよシャガールの油絵が目に入ったらもう身体中がそれしか考えられなくなった。

一瞬彼の絵が目に入っただけで涙があふれてきた。

感激で胸がいっぱいになるとは、こういうことか。

はじめての経験だった。

本当に熱い涙があふれてくる。

 

1枚目は「Le marchand de journaux」

1番強調されているのは「Les mariés de la Tour Eiffel」

ただ、私の心に1番響くのは「A la Russie, aux ânes et aux autres」

 

小6のときに模写し強烈に記憶に残っている「私と村」に似ているからだろうな

 

彼の描く人間はけっして現実に即していない。

でもそれが彼の描く人間。

そうだ、絵は「自分に描けるもの」を描けばいいものだった。

いつの間に「世間に認められる」「3次元のようなリアルな」絵を描かなければ絵とはいえないと思い込んでいたんだろう

 

そんな馬鹿なことあるもんか

 

自分が描けるものを描いてこそなんぼだ

 

元にポンピドゥーセンターに飾られている絵で、リアルな人間に即した絵はわずかだった。

 

崩して

 

曲げて

 

柔らかくして

 

抽象化して

 

「自分に描ける人間」を描けばそれが最高だ

 

あーあ、いつの間に恐れていたんだろう

 

ただ純粋に楽しんで、シャガールの筆に自分を重ねて模写し

自分の思う“花”を立体でつくっていたあの頃がよっぽど“芸術”を理解していた。

 

まわりになんて縛られない

 

パリに来たからこそ気づけたかもしれない

 

誰もまわりを気にしてない

みんな好き勝手だ

 

だからこそだろうか。

そこら辺で踊る

適当に絵を描く

ノリで楽器を弾く

 

ああ、芸術ってそれでいいんだ

肩肘張ってやるもんじゃない

やりたいなーと思ったときに、自分にできる範囲でやるものだ

 

なんだか私が今まで

「ジャズやりたい、でもできない」

「ドラムやりたい、でもできない」

「油絵描きたい、でもできない」

「演劇やりたい、でもできない」

と思っていたのが本当に窮屈だったと気がついた。

ケ・ブランリー Quai Branly 美術館で"Budo"特集

ケ・ブランリー美術館 musee du quai branly に行ってきた。

常設展示の作品数の多さよ。

頭くらくら、足ふらふら

でも、心ほくほく

 

そして、特別展「Ultime Combat -Arts Martiaux D'Asie」も鑑賞。

 

いやーこの視点は日本国内じゃ持てないね。

 

仏教にルーツをもつ、東アジア各地の”格闘術 combat"を追った企画展。

中国、タイ、インド、日本…

 

取り上げられた”格闘家”たちは、

毘沙門天

ラマ王

達磨

孫悟空

ブルース・リー

宮本武蔵

女任侠の藤 純子

柔道創始者嘉納治五郎

そしてマジンガーZ

 

なるほど、ここに"格闘術"という一筋の”血”を見出したかあ!

”外”の人たちだからこそ、気づける俯瞰的な視点だと思う。

 

日本の”格闘家”たちはかなりスペースを取って紹介されていた。

とくに”侍”に関連して、ヨロイカブトや、日本刀、人を運ぶ籠(かご)、さらには茶道の道具まで。

その精神的な部分、つまり武士道やわびさびの心にまで触れようとしていて驚いた。

 

日本の武道の流れとして、

 

平安時代の大名

→源氏

戦国大名

→江戸の侍

→明治以後の柔道家や剣道家

 

と年表でまとめていたのはおもしろかったなあ。

そして、フランス国旗の入った柔道着、空手道着、剣道着がそれぞれ並んでいるのを見て、スポーツとして世界に広まっていることを実感。

偶然にも、浦沢直樹のマンガ「Yawara!」をもっていたので、パシャリ

 

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柔ちゃんとフランス代表の胴着

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治五郎/滋悟郎じいちゃん、こんなところに!

そして、企画展全体の落ちが

「侍は地上から宇宙へと、格闘の場を広げたのだ。そう、ロボットとして。」

っていうのはまた良いね。

 

ちなみに、展示会全体のポスターは女任侠のイラストだったよ

男の侍なんて見飽きているから、女任侠という意外性でお客さんを呼べるんだろうな

 

留学に来たからこそ知れた、また1つ別の視点

パリジャン(ヌ)たちの金曜夜

4つ上の先輩とマレの古着屋めぐり

 

まだ会って間もないとは思えないぐらい、気が合う

 

途中本屋に寄り、日本のマンガや、世界中のセレクトされた本を観た

フランスの本屋ではサイン会が常時開かれていることが当たり前らしい

 

(どんなスケジュールで、料金で、どのくらいの時間をかけて行われるのか、などもっと質問すればよかった…

相手の時間をとってはいけないという遠慮の気持ちが染みついている

こっちでは質問することこそマナーなのに)

 

学生でも手の届く古着屋を見つけ、ぶじ納得のいく買い物をできた

 

Vintage Désir +33 1 40 27 04 98 https://goo.gl/maps/HNjBLrVVx3yJCLi1A

 

そして、そのまま近くのレストランでディナー

 

「前菜」と「メイン」から一品ずつ選ぶつもりだったが…

あれ、まわりの人みんな「les plats」から一品だけ選んでそれで終わり??

「コース料理」はどこ行ったんだ!!

めっちゃ張り切ってたのに…

 

結局、前菜3種盛りとビールでそのレストランは後にした。

でも、大盛りの3種盛りにしたし味もおいしく大満足

 

その後、カレーチキンのピタサンドをテイクアウトし、セーヌ川

 

橋の上のベンチに座り、食べながら、「マイノリティ」の議論がはじまる

 

私は当事者意識に近い、主観的な感情論

かれは俯瞰的なシステム論

どちらも必要

しかし、その間にくさびを打つ切り口がほしい

 

政治家と当事者、その間は何がとり持てるか

本来はマスメディア(もう死んでるが)

では、学識じゃないか

しかし、今はうまくいってない

 

そもそも、脱資本主義が必要では

「ものを生み出し続け成長し続ける」のではなく「ものを循環させることを善」とする根本的な考え方の転換が必要

 

「はじめて言ったよ、この考え。聞いてくれてありがとう」と言ってもらえて、こちらこそ刺激的な話をありがとう

かれは今度、海外の討論会に出るらしい

 

これが留学の醍醐味

 

最後の最後は、川沿いから聞こえたラテンにつられ…

2時間近く立ちっぱなしはつらかったが、とてもよかった

 

人とゆっくり話し、食事をゆっくりとり、音楽に酔う、踊る

これで来週もまたがんばれるね

年齢不詳のルームメイトと駄弁る楽しさ

一晩おいて、ルームメイトと一緒になったので駄弁る。

 

ほんとめっちゃ楽しい。

 

話題があっちこっち行く。

 

今日は何をしたのか

トルコのうまいラップ

フランスに住む手続きの何が面倒か

フランス人はルーズだ

ルームメイト自身はスペイン人寄りだ

パリ人は冷たい

パリはほんと外国人に優しくない

パリに英語はほとんどない

高知のまちおこし

こんな差別を今までにされた

フィンランドフィヨルド

仕事があり、生活費が安く、多様性のある町はどこだ

パリは京都に似ている

パリで人気の浮世絵

京都の都市計画の歴史

高知の町役場の土木課の仕事

中国の都市計画

住むのにいい町は

 

よくもまあこんなに話題が多岐にわたるもんだ

 

とくにおもしろかったのは、京都がパリに似ているという話

 

「看板の色が派手じゃなかったり

建物の高さが制限されてたり

古い建物の中に新しいギャラリーがあったり

リノベーションが多かったり

音楽が生活の中にあったり」

 

それほとんど都市計画の大事なポイントだよ

 

“都市計画”という分野を知らない人でも、こうしてふと気づくことができるのだから

やっぱり“町”っていうのは私たちにとって身近でないはずがないんだ

 

「なんか上手く言えないけど、本当に京都とパリは似ていると思った

 

パリに住みたいと思ったけど無理だから、帰国したら京都に暮らそうかな」

 

“町”は人と一緒に生きている

 

当たり前だけど、ひさしぶりに気づくことがせきた

 

ありがとう、ルームメイト

 

きっと京都に会いに行くよ