なんでもないようでなんでもある日

20歳。好きなものはマンガと映画とアニメ。こんなことを考えて今日も眠れなくなっている!

シャガールの絵をポンピドゥーで生で見た。泣いた

ポンピドゥーセンターに行ってきた。

天気が大荒れになる予想で、友だちとすこし遠くまで出かける予定をキャンセルしてのことだった。

前日どこにも出かけず籠っていたので、その憂さ晴らしもしたくて、ほとんど衝動的にポンピドゥーセンターへ出かけた。

「有名どころだから、いつかは行くだろう」という軽い気持ちだった。

到着してパンフレットをもらって、びっくりした。

世界で1番すきな画家、シャガールの名前があった。

 

シャガールの絵が、ある。

 

体温があがった。

 

シャガールの絵のある場所にたどり着くまでにも心に響く画家が多くあった。

Georges Rouault

戦時中の絵なので暗く見えるが、明るさがある。

江戸川乱歩みたい。


偶然だった。

あるデッサンを見て「シャガールっぽいなー」と思ったら、作者はMarc Chagall

Apollinaireという詩人と仲がよいと知らなかった。

シャガールの友人をひとり知れた。その嬉しさ

彼の人生をひとつ理解できる、その感激よ。

 

でも、いよいよシャガールの油絵が目に入ったらもう身体中がそれしか考えられなくなった。

一瞬彼の絵が目に入っただけで涙があふれてきた。

感激で胸がいっぱいになるとは、こういうことか。

はじめての経験だった。

本当に熱い涙があふれてくる。

 

1枚目は「Le marchand de journaux」

1番強調されているのは「Les mariés de la Tour Eiffel」

ただ、私の心に1番響くのは「A la Russie, aux ânes et aux autres」

 

小6のときに模写し強烈に記憶に残っている「私と村」に似ているからだろうな

 

彼の描く人間はけっして現実に即していない。

でもそれが彼の描く人間。

そうだ、絵は「自分に描けるもの」を描けばいいものだった。

いつの間に「世間に認められる」「3次元のようなリアルな」絵を描かなければ絵とはいえないと思い込んでいたんだろう

 

そんな馬鹿なことあるもんか

 

自分が描けるものを描いてこそなんぼだ

 

元にポンピドゥーセンターに飾られている絵で、リアルな人間に即した絵はわずかだった。

 

崩して

 

曲げて

 

柔らかくして

 

抽象化して

 

「自分に描ける人間」を描けばそれが最高だ

 

あーあ、いつの間に恐れていたんだろう

 

ただ純粋に楽しんで、シャガールの筆に自分を重ねて模写し

自分の思う“花”を立体でつくっていたあの頃がよっぽど“芸術”を理解していた。

 

まわりになんて縛られない

 

パリに来たからこそ気づけたかもしれない

 

誰もまわりを気にしてない

みんな好き勝手だ

 

だからこそだろうか。

そこら辺で踊る

適当に絵を描く

ノリで楽器を弾く

 

ああ、芸術ってそれでいいんだ

肩肘張ってやるもんじゃない

やりたいなーと思ったときに、自分にできる範囲でやるものだ

 

なんだか私が今まで

「ジャズやりたい、でもできない」

「ドラムやりたい、でもできない」

「油絵描きたい、でもできない」

「演劇やりたい、でもできない」

と思っていたのが本当に窮屈だったと気がついた。

ケ・ブランリー Quai Branly 美術館で"Budo"特集

ケ・ブランリー美術館 musee du quai branly に行ってきた。

常設展示の作品数の多さよ。

頭くらくら、足ふらふら

でも、心ほくほく

 

そして、特別展「Ultime Combat -Arts Martiaux D'Asie」も鑑賞。

 

いやーこの視点は日本国内じゃ持てないね。

 

仏教にルーツをもつ、東アジア各地の”格闘術 combat"を追った企画展。

中国、タイ、インド、日本…

 

取り上げられた”格闘家”たちは、

毘沙門天

ラマ王

達磨

孫悟空

ブルース・リー

宮本武蔵

女任侠の藤 純子

柔道創始者嘉納治五郎

そしてマジンガーZ

 

なるほど、ここに"格闘術"という一筋の”血”を見出したかあ!

”外”の人たちだからこそ、気づける俯瞰的な視点だと思う。

 

日本の”格闘家”たちはかなりスペースを取って紹介されていた。

とくに”侍”に関連して、ヨロイカブトや、日本刀、人を運ぶ籠(かご)、さらには茶道の道具まで。

その精神的な部分、つまり武士道やわびさびの心にまで触れようとしていて驚いた。

 

日本の武道の流れとして、

 

平安時代の大名

→源氏

戦国大名

→江戸の侍

→明治以後の柔道家や剣道家

 

と年表でまとめていたのはおもしろかったなあ。

そして、フランス国旗の入った柔道着、空手道着、剣道着がそれぞれ並んでいるのを見て、スポーツとして世界に広まっていることを実感。

偶然にも、浦沢直樹のマンガ「Yawara!」をもっていたので、パシャリ

 

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柔ちゃんとフランス代表の胴着

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治五郎/滋悟郎じいちゃん、こんなところに!

そして、企画展全体の落ちが

「侍は地上から宇宙へと、格闘の場を広げたのだ。そう、ロボットとして。」

っていうのはまた良いね。

 

ちなみに、展示会全体のポスターは女任侠のイラストだったよ

男の侍なんて見飽きているから、女任侠という意外性でお客さんを呼べるんだろうな

 

留学に来たからこそ知れた、また1つ別の視点

パリジャン(ヌ)たちの金曜夜

4つ上の先輩とマレの古着屋めぐり

 

まだ会って間もないとは思えないぐらい、気が合う

 

途中本屋に寄り、日本のマンガや、世界中のセレクトされた本を観た

フランスの本屋ではサイン会が常時開かれていることが当たり前らしい

 

(どんなスケジュールで、料金で、どのくらいの時間をかけて行われるのか、などもっと質問すればよかった…

相手の時間をとってはいけないという遠慮の気持ちが染みついている

こっちでは質問することこそマナーなのに)

 

学生でも手の届く古着屋を見つけ、ぶじ納得のいく買い物をできた

 

Vintage Désir +33 1 40 27 04 98 https://goo.gl/maps/HNjBLrVVx3yJCLi1A

 

そして、そのまま近くのレストランでディナー

 

「前菜」と「メイン」から一品ずつ選ぶつもりだったが…

あれ、まわりの人みんな「les plats」から一品だけ選んでそれで終わり??

「コース料理」はどこ行ったんだ!!

めっちゃ張り切ってたのに…

 

結局、前菜3種盛りとビールでそのレストランは後にした。

でも、大盛りの3種盛りにしたし味もおいしく大満足

 

その後、カレーチキンのピタサンドをテイクアウトし、セーヌ川

 

橋の上のベンチに座り、食べながら、「マイノリティ」の議論がはじまる

 

私は当事者意識に近い、主観的な感情論

かれは俯瞰的なシステム論

どちらも必要

しかし、その間にくさびを打つ切り口がほしい

 

政治家と当事者、その間は何がとり持てるか

本来はマスメディア(もう死んでるが)

では、学識じゃないか

しかし、今はうまくいってない

 

そもそも、脱資本主義が必要では

「ものを生み出し続け成長し続ける」のではなく「ものを循環させることを善」とする根本的な考え方の転換が必要

 

「はじめて言ったよ、この考え。聞いてくれてありがとう」と言ってもらえて、こちらこそ刺激的な話をありがとう

かれは今度、海外の討論会に出るらしい

 

これが留学の醍醐味

 

最後の最後は、川沿いから聞こえたラテンにつられ…

2時間近く立ちっぱなしはつらかったが、とてもよかった

 

人とゆっくり話し、食事をゆっくりとり、音楽に酔う、踊る

これで来週もまたがんばれるね

年齢不詳のルームメイトと駄弁る楽しさ

一晩おいて、ルームメイトと一緒になったので駄弁る。

 

ほんとめっちゃ楽しい。

 

話題があっちこっち行く。

 

今日は何をしたのか

トルコのうまいラップ

フランスに住む手続きの何が面倒か

フランス人はルーズだ

ルームメイト自身はスペイン人寄りだ

パリ人は冷たい

パリはほんと外国人に優しくない

パリに英語はほとんどない

高知のまちおこし

こんな差別を今までにされた

フィンランドフィヨルド

仕事があり、生活費が安く、多様性のある町はどこだ

パリは京都に似ている

パリで人気の浮世絵

京都の都市計画の歴史

高知の町役場の土木課の仕事

中国の都市計画

住むのにいい町は

 

よくもまあこんなに話題が多岐にわたるもんだ

 

とくにおもしろかったのは、京都がパリに似ているという話

 

「看板の色が派手じゃなかったり

建物の高さが制限されてたり

古い建物の中に新しいギャラリーがあったり

リノベーションが多かったり

音楽が生活の中にあったり」

 

それほとんど都市計画の大事なポイントだよ

 

“都市計画”という分野を知らない人でも、こうしてふと気づくことができるのだから

やっぱり“町”っていうのは私たちにとって身近でないはずがないんだ

 

「なんか上手く言えないけど、本当に京都とパリは似ていると思った

 

パリに住みたいと思ったけど無理だから、帰国したら京都に暮らそうかな」

 

“町”は人と一緒に生きている

 

当たり前だけど、ひさしぶりに気づくことがせきた

 

ありがとう、ルームメイト

 

きっと京都に会いに行くよ

ルームメイトと深夜まで呑み

60代のおじさん

 

30過ぎのおねえさん

 

20歳の学生

 

呑んだ。

 

 

スーパーで10€のワイン、ブリチーズ、ソーセージ、メロン、パン、パテ、七面鳥

 

つまみは豊富

 

昼間からパーティーで呑んできてベロンベロンのおじさんが、学生としてはじめてパリに来た頃の歌を弾き語る。

 

今のわたしに沁みる。

 

5時間半ちかく話していた。

 

アフリカとは、

都市計画とは、

環境問題、

政治、

シャイな日本人、

日本の若者がきもちを表明する機会の少なさ、

教育の特徴

………

 

今日はシャワーはいい。

 

寝ようもう寝よう。

パリの土地は、駐車場になんか分け与えてらんない

今日の発見

 

パリの町は、詰まっている。

ギュッと建物が建て詰まっている。

隣の建物との隙間はほぼない。

人と車が通れるストリート(Rue)が通るだけで、変に隙間は空いてない。

 

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通りに路駐している自動車が多い。

というか、よく見ると、歩道側に凹の形をつくって車が止まるスペースが設けられている。

「あーもはや駐車専用スペースが道路につくらてているのか」

そして気づいた。

 

駐車場がない!

 

日本の都市の場合はどこもスカスカしてる。

東京でさえ、都市の縦軸の凹凸が激しい。

土地の高いはずの首都にも駐車場は設けられ、パーキング価格で地価が測れる。

 

パリの土地にそんな余裕はない。

築100年をゆうに超えるアパルトマンに、土地はほぼ持ってかれている。

 

車はそこに止めておけと言わんばかりに、縦長の窓が見下ろしている。

 

留学生との交流 競争に置いていかれる

今日はじめて他の留学生と会った。

 

さすがに緊張。

 

ルーマニアポルトガル、イギリス、ベルギー…

 

わたし以外の日本人はすでにパリに到着して長く、わりと仲良くなっている。

 

そして、ドキドキすることに、日本人の女はわたし以外にひとりだけ。

 

その子がつよい。

 

「英語もフランス語もパッションでしゃべってるから!」と言うタイプのコミュニケーション力のつよさ。

 

服装もわたしと真逆。

 

「女の子」としてかわいい。

 

ほかの日本人学生も「言葉は本当ににできないんだよ…」と言うつつ、よく喋っている。

 

できないからこそ喋りかけているんだろうけどね。

 

一方、わたしはというと、

 

話せたのは7人。全体人数わかんないけどとりあえず全員とは話せていない。

 

またモタモタと「話しかけていいかな…どうしよ…センテンスはこれで文法的に合ってるよね…」と頭の中で考え出す始末。

 

成長してないよこのままじゃあ。

 

このままじゃあ、覚えてもらおうとパーマにした意味もない。

 

外国語で話すときに4年前に感じていた悔しさをまた感じてる。

 

繰り返しだな

 

先に進まないと

 

人生はマラソン

 

「走り続けたやつだけが生き残るんだ」

 

中1のときの担任の言葉