妹の誕生日

妹の誕生日が近いことに気がついた。

 

妹が小さい頃から去年までの誕生日を思い出して、そしてもう祝えないことに思い至った。

 

 

朝、日付を見て、もう今日が妹の誕生日だと気づいた。

 

Googleフォトが、去年の誕生日の写真を流してくる。

 

パジャマ姿の妹が、感情を抑えた表情で、ケーキのろうそくを吹き消している。

 

私が家を出てからは、母が2人だけでも祝っていた。

 

小さくてもケーキを用意して、妹の好きなものを食べさせていた。

 

今日は母が1番つらいんじゃないかと思う。

 

祝えないのか、もう。

 

年をとらないのか。

 

誕生日の代わりに命日を覚えなきゃならないのか。

 

「誕生」日はすごく具体的なのに、「命」日はずいぶん遠回しだな。

 

でも確かにそうでないと辛すぎる。

 

妹の歳は18で止まってしまった。

 

これから先ずいぶん長いこと、一緒に歳をとっていくものだと勝手に思っていたんだけど。

 

会いたいな。

 

そこにいてくれるだけで良かったんだけど。

 

あんな高いとこから飛び降りなくても。

 

ただそこにいてくれれば。

 

でもただそこにいることがもう苦しくてしょうがなかったんだよな。

 

 

夜、夢を見た。

 

妹を見舞って、届くはずはないとわかって送ったLINEのメッセージに、妹から返信が来た。

 

「心配かけちゃったね、大丈夫だよ」という内容の明るい返信。

 

心の底から期待した。

 

「死んでなかったんだ!」

 

家に帰って、玄関を開けたら、妹が笑顔でそこにいた。

 

そこで目が覚めた。

 

むなしさ。

 

本気で、真剣に、一度、信じて、ホッと安心してしまった自分を笑うしかできなかった。

 

全部見ていたはずなのに、なに本気で期待してしまったんだろう。

 

ベッドの上で管をつけて、足を吊って、顔がむくんでパンパンで、だんだん顔色が黄色くなって、ピーの音を聞いて、時刻の宣告を聞いて、冷凍された頬を撫でて、位牌を持って、遺影を抱えて、クラクションを聞いて、焼却炉の暑さを感じて、骨を見て、拾ったじゃないか。

 

夢の中とはいえどうして信じれてしまったんだろう、死んでいないって。

 

あんなに現実として見たはずなのに。

 

まだそんな夢を見て期待してしまうなんて。

 

しばらくベッドから動けなかった。

年越し、悲しくて仕方ない

年を越したら遠距離中の彼氏にちょっとだけ電話してもいいかなって、23時半ごろ考えてた。

 

でも、インスタ開いたら、友だちのストーリーに彼氏が出てきて、電話なんてかける前にこっちを見て良かったと思った。

 

彼氏と友だちと他10人近くで年越しパーティーやるっていうのは聞いてたからショックでも怒ってもいない。

 

ただそこからもうダメだった。

 

みんなが2024年を振り返って「いい年でした。新しい年もよろしく」って書いてるのを見て、どんどんどんどん私の2024年はクソみたいだったなというバッドに入っていった。

 

Googleフォトで写真を見返したら楽しいこともいっぱいあったと気づいた。

 

でも、9月に妹が亡くなって、もうそれ以来ずっと悲しいのよ。

 

ずっとずっと悲しくて、何も上書きできない。

 

夜、目をつぶったら悪いイメージばかり思い出して、眠りは浅くて、悪い夢を見て、朝は起きられなくて、外に出るのに時間がかかる。

 

なんだかずっと集中できなくて、生活を心から楽しんでいるかといったら正直わからない。

 

10月に海外赴任してからそういう毎日が続いていて、新しい環境に慣れるのに時間がかかっているだけだと思って自覚がなかったけど、私はずっと悲しみを引きずっていた。

 

その悲しみに絆創膏を貼ってくれるのが彼氏だと思ってた。

 

けどやっぱりあくまで他人。

 

期待しすぎちゃいけない。

 

でも、クリスマスと年末年始、一緒に過ごそうとしてくれても良かったんじゃない?

 

特別な日を一緒に過ごすことって結構大事じゃない?

 

今、年越しを友だちと楽しんでるなら、それを彼女と少しでも共有しようと「あけましておめでとう」のメッセージぐらい送ってくれても良くない?

 

そんなメッセージは来なかった。

 

本当に好きかわかんないなーと呟いて、今これは私と彼氏、どっちを主語にして言ったんだろうと自問する。

 

妹が亡くなって、傷ついている家族と離れて、彼氏とも離れて一人で。

 

消えてしまいたい。

 

私が死んだら家族と友だちが悲しむから死ねないけど、みんなの気づかない内にいなくなってしまいたい。

 

誰にも気づかれず、誰も悲しませず、知らない内に消えてしまいたい。

 

でもそんなことできなくて、まだあと50年ぐらい生きなきゃならない。長い。

 

そんなに踏ん張れるかな私。

 

もうこれから先一生「大人っぽい」「しっかりしてる」とか言われなくていい。

 

「経験からオーラが生まれてる」とか言われなくていいから、もうこれ以上の経験は私にさせないでほしい。

 

もう限界。もういい。

 

こんな悲しみ背負いたくなかった。

 

これから先50年この悲しみを抱えて一人で生きていかなきゃならないのは苦しすぎる。

 

文字だけが私の理解者。

 

自分の言葉が自分を救ってくれるから書くのをやめられない。

私は良いから

Xで、加藤諦三著「自分に気づく心理学」が話題になっていた。

 

読んだ瞬間、涙がボロボロ出てきた。

 

もし、妹がこのポストを見て、この本を読んでくれていたら、何か変わったかもしれない。

 

このポストが3ヶ月前に伸びていたら、妹は見たかもしれない。

 

そしたら、何か変わったかもしれない。

 

もしかしたら。

 

そんな考えが頭の中に一瞬で広がる。

 

この情報は、生きてる私に届いたって仕方ないんだ。

 

届いてほしい人に、届かない。

 

私はもういい。

 

もういいんだ。

 

生きてるから。

 

私をこれ以上健康に生かそうとするのでなく、数ヶ月前の妹に届けてほしい。

 

誰かいるなら、そこに。

心理学って広い

「ゼロからはじめる心理学・入門」(金沢創・市川寛子・作田由依子著)を読んだ。

 

心理学がこんなに幅広い分野だとは知らなかった。

 

計量心理学・知覚心理学学習心理学進化心理学神経心理学・個人差心理学・認知心理学発達心理学・感情心理学・社会心理学

 

そして、より臨床的に、ストレスとそれによる精神疾患も扱う。

 

発達障害も同時に診る。

 

それらに対するアセスメントも考えなきゃならない。

 

生物学と重なる知覚心理学神経心理学から、文化人類学みたいな社会心理学まで、人間の内面への興味をこんなに多方面からのアプローチで突き詰める学問とは知らなかった。

 

私がもともと人間に対して持っていた疑問や関心の答えをくれるような話もあったので、読んでよかった。

 

最初は、亡くなった妹が専攻していた学問を通して、いまさらながら妹のことをもっと知れないかと思い、妹の机の上に置いてあった本を手に取った。

 

妹は「自分のように困っている人を助けたい」と思い、心理療法士を目指していた。

 

大学卒業後直接進学すべきかどうか迷っているというような相談を、私にしてくれたこともあった。

 

部屋の外に出るのが嫌になっても、単位だけは落とすまいと勉強だけは頑張っていたようだ。

 

結局その情熱すらも超えるほどの恐怖や絶望で、妹は飛び降りてしまったわけだが。

 

本の最終章では、専門知識がなくても精神疾患を持つ人へできる支援として、ヘルピングを紹介していた。

 

目次でその項目を見たときにドキッとした。

 

自分が妹に対してできなかったことを突き付けられる気がしたから。

 

実際に読んでみると、ヘルピングについてそれほど比重を置いて記述されてはおらず、「家族として親身に話を聞き、励まし、よい相談相手になろうと努める」「問題が軽減するように人間関係や環境を整えようと協力することはできる」(p.184)というような文章が数行並んでいた。

 

これすらできなかったな。

 

一度一緒に遊びに行って、普通におしゃべりできたので、それ以上踏み込んで話を聞こうとしなかった。

 

しかし、部屋に閉じこもる時間がどんどん長くなり、家の中でも家族に顔を見せようとせず、見せても抑うつ状態で返事をしない様子を見ておいて、なぜ私はあれだけ放っておけたのだろう。

 

放っておくのが一番だと思ってしまっていた。

 

家族なのに、唯一の妹なのに、なぜもっと親身になってあげられなかったんだろう。

 

今考えると、彼女に提案できたろうことはいっぱいある。

 

1人暮らしを始めて、一度親から離れた方が良いとか、サークルに入って交友関係を広げた方が良いとか、私の経験から言えることはいっぱいあった。

 

遺書を読んで、母の話を聞いて、私にも覚えのある悩みを妹は持っていたのだと知った。

 

今さら過ぎる…

 

すべて今さら過ぎる…

 

でも、とにかくこの本を読んで、万が一私の周りの人が妹と同じように追い詰められたときに、手を差し伸べてあげるための知識を得ることはできた。

 

これぐらいしかできないが、やっておかないと気が済まない。

 

ただそれだけなのだ。

妹を亡くしてはじめての観劇

ピナ・バウシュ春の祭典」を見てきた。

 

生贄をめぐって右往左往する、ある社会。

 

人は元来秩序のないものだと思い出した。

 

走り、転び、回り、這いつくばる。

 

瞬間瞬間を切り取ってもそのいずれにも統率する法はない。

 

忘れていただけで、人はこういうものだった。

 

白黒はっきりしすぎた規則と、それを運用する人の目で、この尊い平和を維持する日本。

 

でも、大事なことを忘れている。

 

きっと大事なことを忘れている。

 

生贄役は、なかなか決まらずたらい回しにされ、ようやく決まった生贄役も、最期の最期まで溢れんばかりの生命を主張した。

 

人は本来これだけ生にしがみつくものだった。

 

それが自然な本能だ。

 

本能を超越するほど、妹を追い詰めたものは何だったんだろう。

 

遺伝子が生き残るために妹に感じさせたはずの恐怖。

 

恐怖を麻痺させて妹を飛ばさせたものは一体何だったんだろう。

 

「自分で殺す」「自分で死ぬ」と書くけれど、何かに殺されたと考える方が自然だという気がしてきた。

 

動物としての人間が自分で自分を殺すことほどあり得ないことはないと思う。

 

妹を飛び降りさせた物は無形で存在する。

 

知りたい。

 

ちゃんと知りたい。

 

これが1つ、私がこの先追究しなければならない問題。

 

そしてもう一つ。

 

私はこれから先どんな舞台や芸術を見ても、妹の死と結びつけずにはいられない。一生。

 

一生付き合っていくものだと今日理解した。

楽しくない自由時間

とうとう妹の血圧が特に下がってきた。

 

病院から「今日はいつでも連絡が取れる状態にしておいてください」と言われた。

 

母は4日前から病院にカンヅメ。

 

父は今日の昼に行って今夜は帰ってこない。

 

私は、母に呼ばれたら行くつもりで、家で待機。

 

洗濯物を干し、掃除機をかけ、猫とハムスターの世話をしても時間は有り余るほどある。

 

フランス語のリスニングの勉強をしようと思ったが、びっくりするぐらい、内容が頭に入ってこない。

 

買う必要があるものを探して、Amazonを見ていても、目が滑るだけ。

 

何も手につかない状態ってこういうことか。

 

私はパソコンから離れて、テレビでドラマを見始めた。

 

再生ボタンさえ押せば、映像がするすると流れてくる。

 

おもしろいから夢中になって見れる。

 

でも、エンディングになると、またソワソワし始める。

 

スマホを持ち上げ、着信が来ていないことを確認する。

 

着信音量は最大なのに。

 

「今呼ばれたら、道が混んでいるだろうけど、タクシーで良いだろうか。電車よりは早いか」などとグルグル考え始める。

 

こんなに悩むなら、いっそのこと病院に行ってしまった方がいいか。

 

でも、行ったところで、いつそういう事になるかわからないし、どうせ待つのならドラマを見ている方が夢中になれる。

 

再生ボタンをもう一度押すまで時間がかかるが、ドラマを見始めたら時間は経つ。

 

そうして、午後いっぱいを過ごして、夜になった。

 

母から「私たちは仮眠するから、あなたも休んで」と連絡があった。

 

この時間まで呼ばれなかったなら、深夜かな。

 

深夜なら道は空いてるから、タクシーですぐ病院に着けるな。

 

そうボーっと考えながら、畳に大の字になる。

 

楽しくない。

 

何をしていても楽しくない。

 

日本にいて、こんなにたっぷり時間があるのに、全く楽しくない。

 

こんな日が来るとは。

 

吐きそうにもなる。

 

もう妹は死んだものと思っていたはずで、別れの挨拶は済ませたつもりだった。

 

しかし、いざこのカウントダウンが始まると、やはり行かねばという気持ちになる。

 

行かないと決めた方が心は軽くなるだろうに。

 

何をして時間をつぶそう。

 

何をしても楽しくない。

妹に会いに

妹に会いに行く。

 

昨晩は0時近くにようやくベッドの中でスマホを見るのをやめれた。

 

寝付けたと思ったら、一度目が覚めた。

 

時計を見たら4時半だった。

 

もう一度目を閉じて、なんとか寝付いて、9時に目覚ましに起こされた。

 

起きる理由も無いので、そのまま10時近くまで朝い眠りの中にいた。

 

母に「フライパンの中のサバ、食べていいよ」と言われて初めて、体を起こす。

 

顔を洗い、化粧水と乳液をつけて、髪をとかす。

 

サバの横にサラダを盛り付けて、食卓につく。

 

茶色く変色した大判サイズの火の鳥のマンガを読みながら、なんとか咀嚼して飲み込む。

 

子どもの頃、私がご飯を食べながら本やマンガを読んでいたらしつこく注意してきた母も、今は何も言わない。

 

1時間ぐらいかけて食べ終わった。

 

スマホを見始める。

 

昨日買ったフランス語試験の問題集は、マイバッグに入ったまま、そこに転がっている。

 

「せっかく買ったんだから、やれよ」と訴えかける声も聞こえてこない。

 

静かにそこに転がっている。

 

13時ごろにようやく身支度を始める。

 

髪を結び、メイクをする。

 

今日は1週間以上ぶりにコンタクトをつけ、グロスも塗った。

 

ここのところは毎日、泣いてしまうからと、ノーメイクとメガネで外出していたのだが、ここ数日は泣いてないなと気づいてしまった。

 

準備ができたので、両親よりひと足先に家を出る。

 

ひさしぶりの実家暮らしというだけでなく、両親と毎日同じ場所に通うことに嫌気がさしていた。

 

目的地は一緒だが、電車1本分だけ私の方が早く家を出る。

 

駅まで徒歩20分。

 

雨に濡れた道。

 

長傘を腕にぶら下げる人たち。

 

濃い灰色の雲と、間から顔をのぞかせる青空。

 

遠くで聞こえる雷。

 

つい3週間前までは、湿気と日差しで歩けたものじゃなく、なるべくバスを使っていた。

 

私が家を出るときに母が言った。

 

「外を歩けるぐらいの涼しさになって良かった。」

 

何が良いんだろうと思った。

 

うだるような暑さでも、秋の気配を感じる涼しさでも変わらない。

 

脳死した妹に会いに行くのに、何が変わるというんだろう。

 

歩く、歩く

 

夜寝て、朝起きて、ご飯を食べて、服を着て、メイクして、動かない妹に毎日会いに行く。

 

先週、医者は、脳波が止まったと言うと同時に「これから数日から1ヶ月程しか保たないと思います」と伝えてきた。

 

それ以来、いつが最後の日になるかわからないから、毎日病院に通っている。

 

母は看護師さんにいつも「何か変化はありましたか」と聞く。

 

「お変わりありません」か「体温が下がっています」というようなネガティブな変化しかない。

 

もう良くなることはないというのになぜ聞くのかと、最初その質問を耳にした時はすこし驚いた。

 

ポカポカしていた手のひらは、触るともうひんやりしている。

 

葬祭場で握った祖父の足の温度に近づいていた。

 

そういう、そういう変化を毎日拾い上げるために、私たちは毎日妹に会いに行く。

 

私はもう妹は死んでいると思っている。

 

死んだけど、胸が機械的に上下している妹に会うために、足を動かしている。

 

何も良い変化は無いとわかりながら、夜寝て朝起きてご飯を食べて足を動かして、会いに行く。

 

決まった面会時間に合わせて生活しているから、面会以外に最近はとくに何ということもしていない。

 

この日々はなんだろう。

 

何のために今私は生活しているんだろう。

 

私が病院に通い始めてから1週間が経った。

 

この1週間とても長かった。

 

妹の心臓が止まるのを待つ時間。

 

私は今休職中で海外から一時帰国中。

 

見送って、葬儀に出ないと、私はきっと一生引きずるので、それまでは日本に滞在しているつもりだ。

 

母は最初仕事を休んだが、昨日からリモートで半日だけ仕事をしている。

 

父も仕事を休んで、ずっとしていなかった部屋の掃除を始めた。

 

妹に会う以外の時間を、適当なことで埋めている日々。

 

動かない妹に会うために、駅まで歩く。

 

足を動かす。

 

足を動かすために食事を摂る。

 

外出するために睡眠を取るし、お風呂にも入る。

 

死んだ妹に会うために。

 

動かない妹に会うために。