パリ留学中にクラスメイトに言われたショックな一言

ひさしぶりにブログを更新する。

昨日までは、紙の日記に書いていた。

だが、どうしても誰かに読んでほしくて、ブログを書いている。

 

クラスメイトが伏し目がちに、しかし、私の方をハッキリ見て言った。

「こんなの不平等だよ。」

 

毎週木曜日にある授業は、2人組のペアで進めている。

私は、スロバキア人の女の子といっしょに、1つの集合住宅を設計している。

もう一緒にやり始めて2か月ほど。

2月頭に最終発表をひかえ、今はかなり大詰めの時期だ。

 

12月19日から1月2日まで続いたクリスマス休暇明け、最初の授業は中間評価だった。

みな、A0用紙に、1万5千平方メートルの敷地の設計図を印刷してきている。

それ以外にも、間取り図、平面図、断面図、ファサード(建物の外観)、ランドスケープ(周辺環境)の図など…

もちろん1:200の模型も。(シルバニアファミリーより一回り小さいぐらいのサイズ)

 

しかし、私の目の前にはなにもない。

平面図の1つすら印刷できていない。

ArchiCAD(PC上の設計ソフト)で設計図はつくっていたが、印刷方法が想像以上にややこしかった。

しかし、時間があればできたはずだ。

 

じつは、1週間ほどフランス国外に旅行に出かけ、つい授業前日に帰ってきたところだった。

もちろんそのことはペアに事前に話していた。

「旅行に出かける前に設計図も模型もすべて終わらせるね」

そう約束して、確かに(ArchiCAD上の)設計図は終わらせ、(美しいとは言えない)模型もペアに手渡した。

 

しかし、詰めが甘かった。

教授にプレゼンテーションするための素材を用意できていなければ意味はないだろう。

教授に見せられるA0の設計図がなければ、教授はなんの評価もできない。

 

当日、私たちに与えられた壁のスペースに貼ってあったのは、すべてペアが用意してきた設計図だけだった。

 

ペアは、木曜日の授業に向けて火曜日の時点でわたしに言ってきていた。

「敷地全体の図を印刷してきてね」

「おっけー、飛行機の中とか待ち時間できっとできるよ」わたしは軽快にそう答えた。

 

しかし、実際はどうだ。

飛行機の中では予想外にノルウェー人の女の子に話しかけられ、日本語で盛り上がってしまった。

帰宅してからは、吐き気でトイレから離れられなかった。

翌朝、つまり授業当日の朝は、まだ気持ち悪くて、だるくて、おなかが痛くて、家から出られなかった。

 

結局、教室に着いたのは午後の部がはじまるPM2:00

午前中に一度教授がペアのもとに来たらしいが、「建物が揃っていないんじゃ何もできない」と言われてしまったそうだ。

 

印刷できるPDFを私はなにも持っていなかった。

「ごめん、今からやるね」

そう言って、4時間以上PCと格闘。

ペアはもちろんすべて終わらせてきているから、メールチェックや友達とおしゃべりなんかしている。

 

ファイルサイズがラップトップの処理能力を超え、遅々として動作が進まない。

ペアのため息の数が確実に増えている。

 

参った。

 

「印刷するのはもう無理かも…」

「…じゃあ、今日はやめて、来週教授に見てもらおうか」

正直、彼女がこんなことを言うとはおどろいたので、かなり疲れていたのだろうと確信する。

「でも、何もしないよりはPC画面でも見てもらった方がマシだよね」

私がそう恐る恐る提案すると、彼女が息をゆっくり吐くのと同時にこう言った。

 

「こんなの不平等だよ。」

私は彼女と目を合わせていたので、聞き間違えることもなかった。

「壁に貼ってあるのはぜんぶ私が用意したもの。

私ひとりで用意した。

でも、教授からは2人でやったものだと見なされる。

そんなのフェアじゃない。

私はしっかりやったんだよ。」

 

その通りだねと返すしかなかった。

何の異論もない。

 

そこまで直接言いはしなかったが、つまり彼女が言いたかったことは、

「あなたは何もしてないじゃん」

ということ。

 

フランスに来てから『ごめん』と謝る機会がグンと減ったが、今回ばかりは心から『ごめん』が出た。

 

「あなたの努力はよくわかってる。本当に申し訳ない」

 

結局、その日は、教授にPC上の設計図を見てもらい、なんとか2時間半程度の評価はもらえた。(それでもクラスの中では短い方)

教授から具体的なアドバイスをもらえて、帰り際のペアの顔は晴れ晴れとしていた。

 

しかし、日曜日にまた打合せをすること、火曜の夕方までに新しい図を用意することを約束したとき、彼女の眼の奥は深かった。

 

学校を出て、バスに乗り、帰宅する。

夕食をとり、シャワーを浴び、日記を書こうとペンを手に取る。

 

ショックが続いていた。

 

自分は自分に甘いと、自覚していたはずだった。

母にも「あんたは自分に甘いとこがある」と言われていた。

でも、実感できていなかったんだと思う。

 

『自分に甘い』っていうのは、誰かに迷惑をかけることだったんだ。

プラマイゼロなんかじゃない。

『自分にのちのち返ってくる』だけのものでもない。

そのとき自分を甘やかして放っておいた仕事は、誰かの肩にスライドする。

 

情けない。

 

思えば、留学をはじめてそろそろ4か月。

フランス語はペラペラになっていないし、

建築の知識もほとんど増えていない。

言語も専門知識も、それっぽく、理解しているように見せかけているだけで、本当はなにも身についていない。

見せかけるのがうまいから、周囲の人は褒めてくれることが多い。

褒めてくれる度に、

「本当はそんなにすごい人間じゃないんだけどな。

誰も気づいてはくれないのかな。

叱ってはくれないのかな。」

そんなことを考えていた。

 

しかし、実際に厳しい言葉をかけられたらどうだ。

しっかりショックを受けている。

『自分は自分に甘い』とわかっているつもりで、わかっていなかった自分を自覚した。

 

恥ずかしい。

情けない。

こんな自分、かっこ悪い。

弱い。

 

 

こんなときに見るべき物を引き当てる能力は持っているようだ、自分。

 

名作映画「プラダを着た悪魔」を無性に見たくなって鑑賞した。

 

プラダを着た悪魔 - 映画情報・レビュー・評価・あらすじ・動画配信 | Filmarks映画

 

観て良かった。

 

日本語のレビューでは「自分もこんなバリキャリになりたい!」という声が目立った。

私には違和感があった。

 

日本社会から見ると、いつクビになるともわからない能力至上主義のアメリカ出版業界で働けくことができるのは、『バリキャリ』だけなのか。

大学の専攻なんて関係なく雇ってもらえ、終身雇用でゆるゆると1つのイスを温め続けられる日本の労働社会から見れば。

しかし、私のまわりのフランス人は、大学の専攻と直接つながりのある仕事を自分で見つけ、もしくは自分で会社を興す。

バカンスを取るタイミングも、自分の責任と選択だ。

そういう労働法に基づく、社会の仕組みだから。

 

自分が『バリキャリ』になれるかどうかは、1つは自分の姿勢、1つは環境なんだろう。

日本みたいに、1つの会社内でいろんな部署を回される社会では、自分の専門を究めるためにキャリアを積むという働き方はなかなか実現しにくい。

アメリカやフランスのように、自分の専門力を以て、複数の会社をはしごしていくのが当たり前の社会であれば、全員『バリキャリ』。

それが常で、もはや『バリキャリ』なんて概念は存在しない。

 

再確認した。

私は日本では働きたくない。

働きがいのある環境に身を置きたい。

 

そのためには?

 

ペアの彼女を失望させてる場合じゃない。

 

フランス語をできなきゃいけない。

建築と都市計画の知識をちゃんと持ってなきゃいけない。

言ってしまえば、今身に付けるべきことはその2つだけなんだ。

 

ラッキーなことに、私は環境を引き寄せることには長けているようだ。

挨拶や面接時の外面で人を期待させることは上手い(その後実際に働いてみると、だいたい失望させている気がする)のだ。

だから、今、環境には恵まれているはずだ。

パリの建築学校で、協力的なクラスメートと、やさしい教授たちと、優秀な日本人留学生に囲まれている。

あとは自分の努力だけじゃないか。

 

それが一番むずかしいのだが、もうそんなこと言っている場合じゃない。

 

中学の数学の先生が言っていたこの言葉が、何年経っても頭から離れない。

「人生はマラソンだ。坂道を駆け上がり続けられないやつは、いつのまにか滑り落ちていくだけだ」

中学生にそんなこと言うかと当時は思ったが、言ってくれてよかった。

 

私の靴は、ぜんぜん坂道で踏ん張ろうとしていないので、底がすり減っていない。

こんな自分、自分が一番イヤだ。

 

足の指で坂をつかまなきゃ。

もっと必死にならなきゃ。

焦らなきゃ。

自分に『優しい』と『甘い』はちがう。

自分に楽させるところを間違えるな。

 

気づくのが遅い。

でも、留学期間がまだ半分以上残っている今のうちに気づけてよかった。

今からだ、

今から

今から!