フランス人ファミリーが暮らすアパートの一室を借りている。
今日は、ホストマザーにネイルをしてもらった。
彼女は30代後半ぐらいで、ふだんは専業主婦だが、いまは美容学校に通っている。
将来、家でサロンを開きたいそうだ。
学校の宿題で、私がネイルのモデルになった。
ネイルのあいだヒマだったので聞いてみた。
「どうして4歳になる娘さんがいて、すでに忙しそうなのに、さらに学校に通い始めたんですか?」
「だってね、夫は今年55歳なの。彼になにかあったら、誰が娘を食べさせていける?
私以外に誰が娘のめんどうを見てくれる?
誰もいない。
私がひとりでも生計を立てられるようにならなきゃいけない。」
おたがいに英語は母語ではないから、彼女はまわりくどい言い方をせず、ストレートに伝えてくれた。
しかし、当の娘ちゃんはそんなこと知らない。
お母さんがネイルに神経をとがらせているときに、構ってと言わんばかりに体当たり。
ネイルが崩れ、お母さんが声を荒げる。
すでに何度目かのじゃまだったので、お母さんは娘ちゃんにデコピンをして「出ていきなさい!」と怒鳴った。
娘ちゃん、今日イチのギャン泣き。
わたしがオロオロしていると、
「気にしないでいいよ。彼女は泣くのが仕事だから」
でも、あまりに長く泣いているので気になってしまう私。
「でも、彼女、お母さんを待っている様子だね」
「うん、そうね。でも、あの子にはもう何度も注意してた。それでも邪魔してきたんだから、いけないことだとわかってもらわないと。
これも全部わたしのためじゃなく、あの子のためなんだよ
あの子のためにお金を稼ごうとしている。
仕事を得ようとしている。
私がなんで美容の仕事に就きたいかわかる?
サロンならこの家で開けるからだよ。
あの子の面倒を見ながら、同時に働くことができる。
他のだれかには任せたくないの。
あの子には私が、母親が必要だってわかってる」
ハッとした。
私には5つ離れた妹がいるが、妹が7歳ぐらいのとき、母は仕事をはじめた。
そのときはわかっていながったが、たぶん父が仕事を失って、再就活のころだったんだと思う。
土曜日も出勤していて、妹はさびしそうだった。
その分、父が遊びに連れて行ってくれたり、私がクラッカーの美味しい食べ方を教えたりして、めんどうを見ていた。
でも、やっぱり家の中の雰囲気は暗かった。
そのとき、母にはそれ以外の選択肢がなかったんだろう。
フランス人のママも「娘のめんどうを見るのと同時に働こうとしたら、これ以外に選択肢はない」と言っていた。
フランス人ママを尊敬する。
そして、自分の母のがんばりも、数年経ってはじめて尊敬することができた。