エド・シーランがこんな感じのことを言ったらしい。
「その道の最上を目指せば、途中まではいける」
最上を目指す気で駆け上がらないと、途中までもいけないというわけだ。
あまりにも私はドキリとした。
「私以上に〇〇をすきな人間はいない!」なんて豪語しておきながら、
まったく「その道のプロ」を一貫して目指していたことなんてないじゃないか。
すぐ練習をやめるじゃないか。
すぐ学ぶことをやめるじゃないか。
途中でほっぽりだしてばかりの人間が、なにが「一番〇〇をできる人間を目指す!」だ。
途中までだって行けやしない。
最近、「あれ、自分ってなにもできなくない?」
「他者評価が自己評価よりたかくて参るな」
って思ってた、まさにその原因は、
自分がまったく最上を目指してがんばっていないから、
「途中」までにだって達することができず
ものすごく中途半端な道程で、うしろを見返して
想像以上に進んでいない道のりを見てがくぜんとしているんだ。
なんて情けない。
せめて一番すきなことは最上を目指そう。
人としての美しさもそうだ。
最近、なんとなく気になっていた人に恋人ができたとわかって、地味にショックをうけた。
正直、今のじぶんに女性としての美しさがないのはわかる。
だからといって、男性的な美しさがあるわけでもない。
言ってしまえば、人間としてとくに美しくない。
女性になりきれず、男性にもなりきれないのはわかった。
それならもう、人として最上に美しくなることを目指そう。
男性的な美しさも、女性的な美しさも持ち合わせる。
理想じゃないか。
いいね
そういう美しさならほしい
おめめぱっちりな女性的な美しさは別にほしくない。
男性的に美しい自分もイマイチ想像できない。
スカートだってすきだ。
Yシャツだってすきだ。
どちらも最上に似合う人間になら、なりたいなと思う
そういう人間になれるなら、かなり人生たのしそうだ