今日、所属するゼミでまちあるきをした。
はじめてのフィールドワークだ。
普段目にする東京の街並みは、なんの変哲もないように見えた。
しかし、今日は、東京の街がずいぶんと”深く”見えた。
あらかじめ本を読み、古地図を見て、江戸のまちのつくりを頭に入れておいただけで見えるものがまったく違った。
江戸時代に大名屋敷が立ち並んでいた地区、町人地だった地区、江戸から現在にかけて都市が近代化した手順、特定の建築家の設計に現れる特徴、など
江戸・東京について、あらかじめ知ることができる知識は山のようにあった。
錯視で窓がデザインされた先進的なビルだ。
しかし、おかしなことに、手前には低層の小さな建物が数軒並んでいる。
これは「おかしなこと」なのだ。
先生の解説によれば、手前の建物はもともとこの地にあったが、再開発が行われるときに立ち退きを拒否したのだろうということだ。
だから、うしろの中央のビルと、左右に続くすべてのビルは、横一列に並んでいる。
新しいビルらが端をそろえる直線が、再開発後の新しい道路と私有地の境目のはずなのだ。
麻布のこの場所なら売ってしまえば高かったろうものを、昔からこの場所に暮らす人々は離れることを断った。
住民の想いが、無機質な建物の並びから読み取ることができる。
読み取ることができるのも、研究で蓄えてきた知識があり、その知識を実際の都市の中で実践してきた経験があるからこそ、なせる業だということはまちがいない。
先生や先輩たちが提供してくれる知識が、わたしの目に見えるまちの様子を一変させてくれた。
いままでは呼吸など感じられなかった建物や庭、敷地の足元にねむる、何十年あるいは何百年のあいだに人が傾注してきたエネルギーがうっすらと透けて見えるようだった。
これが知識というものか
知識の形が目に見えたようだった。