なんでもないようでなんでもある日

20歳。好きなものはマンガと映画とアニメ。こんなことを考えて今日も眠れなくなっている!

大人になってもこの世界はきっと私を楽しませてくれる

最近、自分の間違いに気が付いた。

大人の世界はつまらなそうなんて、そんなの早とちりだった。

 

今まで行ったことがなかった石川や福島、愛媛に行ってみた。

会津若松までの電車の窓から見えた、金色の田んぼや折り重なる緑や、都心と違って余裕のある町の風景は、どこか地元の風景と似ているが、そうは言ってもやはりはじめて見るもので、久しぶりにワクワクした。

まわりにいる知らない人たちも、私と同じ町に住む知らない人たちではなく、ずっと遠くの気候も方言も違う町に住む、もっとずっと遠い存在の知らない人たちだった。

私のまったく知らない世界が広がっていた。

 

私の世界はもう、子どもの頃ほどドキドキワクワクできる新しいものに満ちた世界ではないなんて、どうしてそんな情けないことを思ったのだろう。

 

新しい刺激を見つけられないのは、自分が行動していないからだ。

 

自分がその場にジッとしているのであれば、それはもちろん新しい驚きなどなかなか現れない。

 

身近な世界が色褪せて見えるようになってしまったのなら、まだ「知らない」ところに行けば、おもしろいことなんていくらでもある。

 

「おもしろいことがない」なんて、そんなの行動しない自分の情けなさを赤裸々に表明する甘えだ。

 

まだまだ行ったことがない場所なんて、日本国内にも山ほどあるし、国の向こう側はもっと広い。

 

私に新しい刺激や驚きやワクワクを与えてくれる場所は、星の数ほど、それこそ本物の星も含めてしまえば、人間の言葉では表せないほど大きな数存在するはずだ。

 

このことに気が付いただけで、私の人生の可能性は一気に横に広がり、先は見えなくなり、もうすでに楽しくなってきたのだ。